第22回 福井県 芦原温泉
芦原温泉は明治期に開かれた比較的新しい温泉だが、関西や中京地域からの交通の便が良いため西日本からの観光客を集めて、古き良き日本情緒と高級感があふれる温泉街を形成している。名勝、東尋坊にほど近い名湯を訪ねた。
※写真:高級感あふれる旅館がならぶ芦原温泉のメインストリート

灌漑用の井戸から偶然湧き出した湯
 芦原温泉は、福井県の北部、日本海に突き出た東尋坊から少し内陸に入った小さな町だ。周辺には、日本海を望む東尋坊のほかに北潟湖や吉崎御坊といった観光名所があり、観光客で賑わっている。北陸にいくつもある名湯の中では比較的新しいが、情緒のある温泉街が魅力だ。
 この温泉が開かれたのは偶然によるものだった。もともと水田がひたすら広がる文字通りの田園地帯だったが、1883年(明治16)にそれまでなかったような干ばつに見舞われた。この時は全国的に干ばつが襲ったようだ。そこで地元の農夫らが、「念仏田」と呼ばれていた田に灌漑用の井戸を掘ったところ、噴出した水は湯気を立てており、塩分があった。それで温泉だと気づいて湯を家に持ち帰って入浴したところ、「大いに五体が休まった」と「芦原温泉発祥の地」の説明板に記されている。
 このあたりは、数百万年前の「第三紀」といわれる地質時代の末期に火山活動が盛んになって、そのために噴湯が地下深くの岩盤の裂け目から湧き出て、上層の砂れき層に広がっている。地面の下にはずっと前から良質の温泉があったのが、井戸掘りによって出てきたわけだ。
 名湯と観光名所があり、海の幸も豊富なことから温泉地として発達した。大正時代には「芦原芸者」が艶やかさを競ったとそうだが、今でも昔からのお座敷遊びは健在だという。
 温泉発祥の場所は、町外れの小さな公園にぽつんと残っている。

町外れにぽつんと残る芦原温泉発祥の地の源泉跡。
碑文には明治16年の文字が見える

中心地から外れると、静かな街並の中を
えちぜん鉄道の1両編成の電車が走っている
市民に親しまれている公共の温泉施設

芦原温泉の公共浴場「セントピアあわら」は、
モダンな外観で市民にも親しまれている
 雰囲気のある旅館が並ぶ通りの裏手に、公共浴場の「セントピアあわら」がある。とてもモダンな外観で、中は歴史や文化を紹介する展示コーナーなどの施設も充実している。1階のロビーに、石造りの小さな浴槽のようなものがあり、木のふたがしてある。ふたを取るともうもうと湯気が上がって、ここにも湯が引かれていることが分かる。何かと思ったら、ここで自由に温泉たまごを作ることができるのだ。

セントピアあわらの中にある
歴史や文化を展示するコーナー

セントピアあわらの1階ロビーには、
自由に温泉たまごが作れる湯槽がある
 浴場は2つ。「天の湯」と「地の湯」があり、1週間おきの男女交替制となっている。この日は天の湯を体験した。その名のとおり、窓から外光がたくさん入ってきて気持ちが良い。浴槽は高温と低温の2種類と、露天風呂、サウナもある。泉質はナトリウム・カルシウム−塩化物泉(低張性 弱アルカリ性高温泉)で、入浴による効能として、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動まひ、うちみ、慢性消化器病、切り傷、やけどなどがある。飲用の効能は、慢性消化器病と慢性便秘となっている。口に含んでみると、塩味はかすかで硫黄のにおいなどは感じられない。
 平日の早い時間にこうした公共の浴場に入ると、地元の特に年輩の方をたくさん見かける。そんな中におじゃまして、一緒に湯に入ることができるのは何とも愉しい。
日本情緒がいっぱいの温泉旅館
 芦原温泉一帯には源泉がいくつもあり、公認泉井は74本あるという。旅館ごとに源泉を所有・管理しているので、それぞれで泉質が異なっている。その中で、文人らが多く宿泊し、優雅な日本庭園をもつ老舗旅館「べにや」の湯を体験させてもらった。

老舗旅館の「べにや」。
門前にあるのは樹齢二百年という椎の大木
 まず外から見て、数寄屋造りの壮麗な構えが見事だ。門前には樹齢二百年という椎の大木が枝を広げている。そして、廊下から見下ろす日本庭園は、北陸を代表する名庭と呼ばれているだけあって、日本情緒のすばらしさがあふれているように見える。冬には雪化粧で、これまたすばらしいという。

べにや旅館が誇る日本庭園。
数寄屋造りの建物とあいまってとても美しい
 浴場は、総檜造りの大浴場と石造りの大浴場、それに露天風呂がある。泉質は、ナトリウム・カルシウム−塩化物泉(等張性 中性高温泉)だ。まず口に含んでみるとセントピアあわらの湯よりも塩分が濃いような気がする。硫黄のにおいも感じられ、確かに源泉の違いが表れている。効能は、きりきず、やけど、慢性皮膚病、慢性婦人病、神経痛などとなっている。飲用の効能は、慢性消化器病と慢性便秘だ。

べにやの総檜造りの大浴場。
まるで和室の中で湯に入るような
不思議な感覚だ

べにやの露天風呂の方は、
日本庭園に囲まれての入浴で、
これまた趣きがある

べにやの石造りの浴槽に
湯井から豊富な湯が湧き出ている。
べにやが所有する源泉の一つだ
 無色透明の湯に入ってみた。これが何とも肌にぴったりくる。刺激がなくて入りやすいのとも違い、しみ込むような感触でジワジワと体が温まってくるのが感じられる。湯温は決して低くはないのに「熱い」という感じではなく「温かい」感触だ。
 120年前に、井戸を掘った農夫たちもきっとこんな感触を味わったのではないかと想像した。まさに「大いに五体が休まった」のである。
COLUMN
 芦原の町に温泉が噴出したその年、東京では鹿鳴館が建てられ、西洋化が進められていた。しかし、江戸時代が終わってからまだ16年しか経っていない。芦原の地では干ばつのために井戸を掘ったのだから、その苦労は偲ばれる。だが、それでも湧き出した温泉に当時の人々が浸かって疲れを癒したのだろうと思うと、何だか気持ちがのんびりとしてくる。120年前がそんなに昔のことではないような気になってくるからだ。
(取材:岩間靖典)
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